落ちこみ続けている数珠丸を見かねて、小烏丸は丸まった背をぽんと叩いた。
小烏丸「あれから村雨の消息はどうなのじゃ……?」
数珠丸「手がかりもありません。阿修羅丸と一緒だということは想像に難くありませんが……」
小烏丸「後の祭りじゃが。やはり、あの時に力づくでもひきとめるべきだったのじゃ……」
それは、にわか雨に見舞われた、わずかばかりの時間に起きた変事であった。
雨の飛沫で煙る視界と雨音に紛れて、御華見衆零番隊士・阿修羅丸は村雨を連れて逃亡を謀った。
事態に真っ先に気づいた小烏丸から、非番だった数珠丸に何より先んじて連絡が来た。それは、彼女が村雨とは長い付き合いだったから――。
雨が遠ざかりつつある箱根の峠に差し掛かった辺りで、数珠丸は村雨に追いつくことができた。
「村雨、お待ちなさい。せめて、うちの話だけでも……」
村雨はふと足を止め、無言で佇んでいる。
そして、目くばせで同行者を先に行かせ、ただ一人、その場に残った。
背中を向けたまま訥々と静かに、ただ穏やかに呟く。
「……私は、従うだけです、あの人に」
数珠丸はハッとした。その一言に思い当たる節があったのだ。
「巫剣使いとして、選んだと言うのですか? あの方を……」
「ええ。……今生のお相手として」
そう言われれば、数珠丸は黙るしかない。巫剣が巫剣使いの意に従うのは必定なのだから――。
「どうか、引き返してください……あなたの行末には、ただ修羅道があるだけです。希望なんてありません!」
「……希望なんていらない……ただ命を賭して尽くし果てるのが、巫剣というもの」
「………………な、ならば……村雨、あなたはうちの……敵です」
「仕方ありません。……数珠丸、さようなら」
すっと、迷いなく歩みだす村雨。
「ま、待ってください! うちはあなたとは……戦いたくない!」
「……私たちは巫剣。戦う道具です」
村雨は刀を抜くと、周囲の自然物を掠めるように斬りつけた。
すると、自然物がやおら息づき始める。
異形の何かが、去り行く村雨の背中を隠すように立ちはだかってくる。
斬ったものに魂を宿す村雨の能力「斬り結び」――その奇異な力で生まれた異形の生き物たち。
追いすがる道が閉ざされていく……。
「数珠丸、推して参ります!」
数珠丸はやむえず抜刀し、迫る異形どもに斬りかかっていく。
頬に伝う熱い滴を拭った時、ようやくにわか雨も通り過ぎたことに気づく。
何度も村雨の名を叫びながら、異形を打ち倒していくうちに、いつの間にか村雨は姿を消していた。
「これが巫剣の定め……? 戦うだけが巫剣ではないでしょうに」
雨上がりの静寂の中、数珠丸は人知れず嗚咽を漏らし続けた。
電撃G'sマガジン 2017年2月号掲載