「みー、海が見えるぞー。潮騒が聞こえるのー。ざざーん、ざざーんと」
巫剣の体には戦いや疲労で、容易に穢れが溜まりやすい。
穢れを払う手段は様々だが、特に私は湯浴み、そして温泉が好きだ。
「うむ……。なかなかの絶景だ。心が洗われる」
大倶利伽羅は高笑いをして、満足気に頷く。
「ここは俺のとっておきだからな。誰でも連れてくるわけではないぞ」
私、三日月宗近と小狐丸は御華見衆の特命を受けて仙台に来ていた。
荒ぶる禍憑が現れたというのだ。
だが駆けつけた時には、既に禍憑は東北方面を守護する巫剣・大倶利伽羅によって退治されていた。
ひとしきり事後の調査を終えた私たちは一夜の宿として、親交が深く御華見衆に協力的な大倶利伽羅を頼ることとなった。
禍憑の発生原因は分からなかったが、まずは大倶利伽羅に戦った感触を聞いてみたかったからだ。
少し粘り気のあるお湯に肩まで浸かると、私の中の穢れと傷が瞬時に浄化されていき、思わず熱いため息を吐いてしまう。
「ふぅ……かたじけないな、大倶利伽羅。宿ばかりか馳走してもらった挙句、こんな素敵な露天風呂まで頂いて」
大倶利伽羅が大きく胸を張りながら、頭を振った。
「礼などいらぬ。俺はあまり外に出たことがないからな。お前たちが俺に色々教えてくれるだけで、どれだけ礼を尽くしても足りんと思っているぐらいだ。
――だから、俺は代わりに知ってもらいたいのだ、伊達の地の良さを。さあさ、自分の家だと思ってくつろいでくれ」
いつも不遜な態度を取る大倶利伽羅だが、気恥ずかしそうに少し俯く様はとても微笑ましかった。
その傍らで、小狐丸が足をばたつかせ、背泳ぎに近い格好で湯面に身を浸していた。
「ちゃーぷ、ちゃーぷ。ふう、気持ちが良いのー……しかし、くりは懐が深い。しかし、大きさは残念だのー」
ハッとして見ると、大倶利伽羅がわなわなと震えている。
そして、その身に刻んだ不動明王の化身である黒い竜、倶利伽羅から巫魂の輝きが滲み出だしていた。
まずい……倶利伽羅竜の逆鱗に触れたのではないだろうか。
低く呻くような声で大倶利伽羅が呟く。
「そ、それは俺が田舎者で器が小さいということか? それとも俺のが平たいって言ってるのか?」
見れば、瞳の端に涙を湛えていた。
「お、俺はいつか竜になる巫剣なんだ! そんなことに、そんな戯れ言に、決して屈したり――!? ……じー」
大倶利伽羅が自分を奮い立たせた直後、急にまじまじと私の胸を見つめ始めた。
「く……これが、これが巫魂の大きさというやつか……く、くそーっ!」
憤怒に駆られた大倶利伽羅が叫んだ刹那、その身を翻していた。
その身のこなし、私の懐に向かい目にも留まらぬ速さで突撃して来る様は、まさしく黒き竜!
「お前の巫魂を俺によこせー!!!」
「ぬ!? うわぁ!!!!!?」
どっしゃーん!
気づけば、大倶利伽羅ともども、正体をなくして湯面にぷかぷかと浮かんでいた。
「……ど、どうだ、俺の勝ち、だろう……きゅぅ」
傍らの小狐丸が、ちゃぷちゃぷと湯をかきながら呟く。
「みーもおまぬけさんよのー」
ふと、見上げると夜空に浮かぶ三日月が、私を見ていた。
「面目ない……小狐丸。私はまだまだ修行が足りんな」
電撃G'sマガジン 2016年6月号掲載