ガギャン、と鋼の砕かれる音が漆黒の闇に響いた。
廃墟のような長屋の続く路地裏にて、立ち会う巫剣が二人。

一方は片膝をつき半死半生。もう一方はまるで遊戯のように片手で刀を振るう。
涼やかな笑みを浮かべた巫剣の名は大包平。
最強として名が挙げられながらも、その一切が謎に包まれた流浪の巫剣である。
書生のような佇まいはおよそ戦いとは縁遠いと思われる。
だが、薄い笑みを浮かべた大包平は、刀を軽々と右へ左へと打ち据えて、
目の前に立つ崩れ落ちる寸前の巫剣を弄ぶように、その身を踊らせ続けていた。

「戦乱の世を駆け抜けたと豪語する割には、大したことないね」

大包平はがくがくと震える膝をこらえる巫剣の喉笛に刃を上向きに刀を突きつける。
進退窮まった巫剣はギリリと歯噛みをすると、残った力を振り絞るように刃の欠け落ちつつある刀を正眼に構えた。

「私を殺すのか……お前は、百華の誓いを破るつもりなのだな?」

「百華の誓い? そんなものに僕が従う道理はないよ」

「貴様……巫剣の命をなんだと思っている……もう時代は変わったのだぞ!」

「僕らは武器として武器らしく振舞うべきだと思わないかい。だから、戦いこそが本懐だろう……」

静寂に包まれた路地裏を、冷たい夜風が吹き抜けていく。

「大包平……お前はまともじゃない……」

「さあ、そろそろ引導を渡してあげるよ。僕の強さをその巫魂に刻め!」

ふらり、と大包平の体が揺れた刹那、剣筋はすでに瀕死の巫剣の体をその刀ごと両断していた。
巫剣の体を構成する「巫魂(みたま)」が傷口から遊離していき、やがて巫剣はその姿を保てなくなる。
その今際の顔に浮かぶのは苦痛よりも無念さであり、そして存在が消えてしまうことへのとめどない涙であった。

「僕からすれば、戦いを忘れた巫剣こそ、まともじゃないよ」

光に包まれた刀が地に落ちて、ぐさりと深く突き刺さる。
巫剣の最期の涙が、欠けた刃を伝い落ちていく。
折れた刀は墓標のようだった。
だが、それは刹那の出来事。
大包平が構えを解いた時には、すでに巫剣も刀も霧散して塵芥となり消えていた。

「この程度の相手じゃ日本一を語ることはできないね」

大包平は巫魂の残滓に触れるように、己の刃に頬を寄せる。

「ああ、でも頭痛が治まったよ。ありがとう」

刃に己の温もりが伝わるのを確認すると、その刃を鞘に納める。
そして、その場を悠々と立ち去って行った。
電撃G'sマガジン 2016年5月号掲載