一つの影が夜の荒野を歩いていた。
女……というよりは少女、と呼ぶのが相応しいだろうか。目にも鮮やかな着物から、ちらちらと覗く肌が悩ましい。その身体は女性らしい柔らかさ、豊かさを備え、すらりと伸びた手足は極上の曲線美を描いている。
十人が十人振り返るような美貌だったと言っていいだろう。
その歩法はごく自然で、ただ歩いているように見える。だが、もし剣術を修めたものが見たならば隙のなさに驚愕したことだろう。少しも力んだところのないその歩き方が、その少女が達人であることを示していた。
それも当然だろう。
少女は武蔵正宗……剣に優れたものの揃う巫剣たちの中でも、尊敬の念をもって「剣豪」と呼ばれる存在だったのだから。

「なつかしいなー……うち、ここで襲われてたんだっけ」

呟いた言葉の内容がまた凄まじい。
その荒野は有名な古戦場である。
かつて、天下無双の道を歩んだ剣豪が大立ち回りを演じたことでよく知られている。とある大流派を敵に回した剣豪は、この場所で七十人もの一門に襲われ、撃退したという伝説があるのだ。
疑うものもある逸話だったが、武蔵正宗はそれが紛うことなき真実であることを知っていた。
そこにいたのだ。
それから長い時を経て、武蔵正宗がこの場所に戻ってきたことに大した理由があるわけではない。全国を巡る中で、近くを通りかかったから寄った、というだけのことだ。
とはいえ、かつて、もっと苛烈に剣の道を求めていた頃の自分を再確認してみてもいい、と思ったことは確かだった。
つまりどういうことかというと、「自然であること」を極めすぎた結果として

「やば……ちょっとこのへん、たるんできた感じするかも……」

という危機感を抱いたためである。