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巫剣観察記

津田越前守助廣

津田越前守助廣

大阪の心斎橋、通称「ミナミ」と呼ばれる地域に、巫剣と思しき者が教える私塾があるという。

巫剣は身体能力が高く、長命のために豊富な知識を誇る場合が多い。
その彼女らが民衆にものを教えることは、果たして俗世のためになるのだろうか……。
それを見極めるのも、私たち観察方の役目なのである。

木造の長屋が続く横丁を、両手に袋をぶらさげて軽やかに走っていく幼い少女が一人。

「ただいまー、おかーちゃん!」

私塾とされる長屋に、少女は入っていく。

「牛肉、よう値切ったったわ。今夜は牛鍋やでー」

「おかえりなさい、つ~ちゃん。あらあらご馳走ね……って、泥だらけじゃないですか」

長屋を覗くと、奥で机に向かっている妙齢の女性がいる。
名物帳に拠れば、それこそが巫剣、ソボロ助廣である。
ソボロ助廣を母と呼ぶこの少女は確か……そう、津田越前守助廣だ。
二人は名匠助廣の下で生を受けた巫剣である。

「うん! 近所のじゃりんこがからんできてん。でもがまんしたったわ。だって、うちは巫剣やもん!」

「あらあら、つ~ちゃんはお利口さんね。いいこいいこ。ちゃんと私の言いつけを守ったのですね」

「うん! 巫剣は世のため人のため、おかーちゃんのためにだけ力を使うんや!」

「はい。正解です。でも私は、つ~ちゃんが泥だらけになって帰ってくると心配だから…」

「ごめんな、おかーちゃん! 心配させんように、うち、がんばるよ!」

「約束ですよ。じゃあ、ご飯の時間まで、お勉強しましょうか」

私が二人について覚え書きを記している内に、先生と生徒の二人だけの授業が始まり、ソボロが津田越前守に日本史を教え始めた。
ただの日本史ではない、民衆の知らない巫剣が支えてきた本当の歴史、そうとしか言えないものだ。
私塾とは言えども、これはまずい。
巫剣のことが広く民衆に知られては、その存在を悪用する者が出るかも知れない。

「なあ、おかーちゃん、巫剣の歴史はもう耳タコやわ。うち、ふつーのこと知りたい!」

「おかーちゃんじゃありません。今は私のことはソボロ先生と呼びなさい」

「えー、もう、うちしかおらへんし、おかーちゃんでええやん。はあ……みんな、学校に行ってもうて、うちはもう独りぼっちや」

銘治の世となり、学校教育の普及が進み、その煽りで全国にあった多くの寺子屋と私塾は統廃合されてしまったのだ。
少しでも稼ぎがあれば、子供はめっきり数を減らした私塾や寺子屋ではなく学校に行くのが今や当たり前である。
おかげで、ソボロが教える私塾には、津田越前守しか生徒がいない有様なのであろう。

「うち、おかーちゃんと勉強するん、好きやけど……みんなと勉強するんが、めっちゃ好きや。またみんなと勉強したい……うちも学校行きたいわ」

「……そうね、つ~ちゃん。寂しい思いをさせてごめんね。だけど、巫剣は公に――」

「あわわ!? 泣いたらあかんで、おかーちゃん! うち、もっともっと勉強して賢くなるわ! だから、泣かんといてえな!」


私の心配は杞憂であった。
むしろ、ただ一人で学ぼうとする津田越前守が不憫に思えてならない。
巫剣は世俗に生きているのに、未だに世俗に関わってはいけない、そんな風潮が根強い。
だが、せめて、巫剣のための教育の場ぐらいはあってもいいのではないだろうか。

「つ~ちゃん、私もがんばるさかい、二人でめっさ勉強しような!」
「うん。うち、めちゃめちゃ勉強して、ちょお賢くなるわ!」