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巫剣観察記

獅子王

獅子王

帝都の地下には、上下水道の普及がもたらした壮大な地下通路が広がっている。
そのほとんどが工事中であるのだが、江戸時代より作られた秘密の地下道や政府御用達の隠し通路、加えて英国で普及している地下鉄も作られる予定らしい。

そんな不完全な地下迷宮に”出る”という噂がある。
工事中の地下道から獣のような唸り声と、か細い少女の声が聞こえるそうだ。

私は噂を聞きつけ、銀座の地下に作られた地下道に入っていった。
もしかすると、人知れず怪異を祓う巫剣がいるのかも知れないからだ。

暫くして、件の声が聞こえる地下道の要の場所までやってきた。
と、獣のような唸り声が響く。

「うおおおおおおお!」

声と共に、暗闇から大量のネズミが駆けだしてくる。
そして、暗闇に赤く輝く瞳が浮かぶ。
どす、どす、どすと重い足音を鳴らして、こちらに向かってくる。
その風体は、大人を二回りは越えている。
とても人間の体格には見えない。そいつは獅子のような妖めいた顔をしていた。

……こいつは亡霊や化け物の類なのか……獅子の化け物め!
私は懐に入れた、お守り代わりにもらった破邪の札を握りしめた。
覚悟を決めて、踏み出そうとした。
すると、突然、蒸気の吹き出すような音がそいつから漏れ始めた。

「――――!」

何か聞こえた気がした。いや、何か聞こえる。

「――――待ってください! 私は化け物じゃありません!」

耳を澄ますと、確かにそう言っている。なんてか細い声なんだろう。

よく見ると、獅子の化け物の図体が前後二つに割れて、その中から、可愛らしい少女が這い出てきていた。

「――――あ、あのー、私、道に迷っちゃって、助けてください!」

確かこの少女の名は獅子王。怪異退治で名を馳せた巫剣だ。
なんでも、からくり仕掛けの御衣を纏っていることでも有名だとか。
とすると、さっきの獣のような唸り声は拡声器によるものか。

「――――すみません。久しぶりに人に会えたから、仮面をつけたまま声を出しちゃって……」

精一杯、声を振り絞って、私の耳元で喋る獅子王。
それでもなんだか囁くように聞こえて、ただただ耳元がこそばゆい。
とりあえず、彼女の言い分は、やがて来るべく地下開発のために、地下に巣くう怪異退治をある方面から秘密裏に依頼されたのだと言う。
しかし、怪異退治に夢中になってしまい、気づけば予想以上に深く地下に潜ってしまっていたとのこと。
気丈に笑顔を見せる頬が少しやつれていた。

それから、私は獅子王を地上への出口へ案内した。
外に出ると、夜空は満点の星をたたえていた。

「――――あの、ありがとうございます。その……内緒ですよ、私と会ったことは」

私は、もちろんと頷いて、手を振って別れた。
彼女は何度も何度も深々と頭を下げると、再び仰々しい獅子の風体の御衣を纏って、夜の闇に消えていった。

観察方報告、獅子王を見た目で判断するべからず。
その中身は、か弱くか細い声の少女であるのだから。